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無の操体

奈良操体の会のブログです。痛みなどの不快な症状は、実は体をちょこっと動かすだけで消すことができます。この一人操体法を身につけて、日常生活にとりいれると、「快」の極楽世界が待っています。

『第2回21世紀統合医療フォーラム』印象記 ④

第一日目のワークショップ 「操体法」 ①
私、北村翰男がさせて頂いた。
大きな流れは〔観察⇔考察⇔実習⇔生き方の変容〕であった。


 最初にしていただいたのは、
“問題の気づき方”について考察して頂いた。

 大きく分けると二つあることに気づく。
◆自分が気づく
◆他人が気づく

 その“他人が気づく”場合にも二つある。
◇日常接触している人が気づいて、教えてくれる場合
◇健康診断などにおいて、専門家が教えてくれる場合

 今回のワークショップにおいては、
私なりの主題を設けていた。
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“頭に砂袋”を載せて歩くと、何が良いの?


“空”さんに、
頭に砂袋をのせて歩くことを
書いて頂いてから
よく質問されるんです。

「頭に砂袋をのせて歩くだけで、
 何故良くなるんですか?」と。

質問されると、
逆に私の方から質問させていただくんです。
「砂袋を落とさない様にしませんか?」と。

「まずは砂袋を落とさない様に、
意識するでしょう!」

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“不快”について考える ②

 操体法で言われる“不快”とは、決して“気分が悪い”ということだけではない事を、お分かりいただけたと思います。

 でも一般の人たちが“不快”と考えているのは、次のようなことではないでしょうか?
◇不快(苦痛)がある
つまり“苦痛”でなければ“不快”でない。

  そして“不快”でなければ“問題”でない、と観ているように思います。
そして、その“問題”という事に関しても、次のように観ているのではないでしょうか。
◇不都合(支障)がある
◇異常(病気)がある


 そのような観方をしているものですから、“不都合(支障)”ある程度大きくならなければ“問題”としては捉えられません。
“少し変”と“大変”


 つまり多くの人は、小さな火種の内に自分で対処するのではなく、火事になったものをどう消すか?誰に消してもらうかという様な対応の仕方をします。

 “少し変”が一つだけでは、“大したことないよ!”となる。

 “少し変”でも沢山になると“大変だぁ!”となる。

“少”であろうが、“大”であろうが、どっちも“変”であることは変わりない。

 要は、問題の大小ではなくて、“どっちへ向かっている?”という事が問題なんです。

 それが“動いてみると分かる”様になっているんだから、それを活かさないのは愚かではありませんか? 
 
わたしは“少し変”に気づけば、その都度“快方へ戻す”様にしておいた方が賢明だと思うんだけどなぁ・・・・・

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“不快”について考える ①

 本来の“快”は、違和感も問題も“無”です。
“無”の時には、からだの働きは“順調”で、日常生活は“快調”です。

 “不快”とは、それとは逆の状態で「快でない事」と言う意味合いです。
 “不快”な時は、違和感も問題も“有”です。

 “無” ~ ~ ~ ~ ~ “有”体調の変化を観る(違和感)



 何が“有”かというと、
◇“存在感”がある
◇“抵抗感”がある
◇“緊張感”がある
◇“不快感”がある
◇“苦痛”がある


これ、ぜ~んぶが“問題”なのです!
操体法では「動診」が不可欠です。

 その「動診」で、“快”と“不快”を見分けますが、
“不快”を誤解している人達が結構おられます。

 一般に言う“不快”とは、“気分が悪い”事ですが、
操体で言う“不快”とは、「問題を意味して現れる症状全部」を指しています。

 要は“不快の仲間ぜ~んぶ”なんです。 

 その内、今回は“存在感”について、自分のからだを観察してみてください!

 ○今、自分の“鼻の存在感”がありますか?
  ⇒ ある人は、次の3つのこと考えてみてください。
    ①嗅覚異常(過敏・鈍麻)
    ②分泌異常(過剰・過少)
    ③陥凹したり隆起したり、器質異常がある時

 ○今、自分の“胃の存在感”がありますか?
 ⇒ ある人は、次の3つのこと考えてみてください。
    ①空腹感の異常(腹が空き過ぎた時)
    ②食事感の異常(食べ過ぎた時)
    ③胃に陥凹したり隆起したり、器質異常がある時

 ○今、自分の“肩の存在感”がありますか?
 ⇒ ある人は、次の3つのこと考えてみてください。
    ①使い足りない時
    ②使い過ぎた時
    ③肩の骨や筋肉等に、器質異常がある時

 結局、“からだの部分の存在感も何も無い状態”が一番良い状態という事になります。  そのためには、“丁度よい加減”が必要になります。その加減は、過ぎても、足りなくてもだめだということになります。

 “良い加減”とは良く言ったもので、日々刻々と変化する自分のからだに合うように“加減すること”が自分自身の課題だと言う事がうなずけます。

 その時の、その人のからだの変化に合わせて、〔息・食・場〕を快いと感じるように、自らの〔想い〕と〔行い(動)〕を加減していただきたいものです。

 誰にしてもらうのでもなく、毎日の日常生活も中で、自分のために自分が加減をするということが大切なことになります。

 操体三昧!
からだの部分の存在感さえないような“快いからだ”を、自らが保持なさってください。  合掌

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今、変化した事実を感じているんだ!

■ 痛み 消えたような“気”がします ■

「痛みは、消えましたか?」、
 「ハイ、消えたような気がします!?」


 動診をして頂いて、操体をして頂く。
一番多いのは、痛みを感じたところから、痛くない方へ動かす。
一番痛くなくなったところで、全身のバランスを動いて微調整し、
一番安定するところで脱力して落ちつける。

 「操体をしてみて、何か変化がありますか?」と尋ねる。
そのとき「痛み 消えたような気がします?!」と答えられる方が多い。


 このことについて少し考えてみましょう。

ある冬の寒い日のことを想定してみましょう。

アフリカから来た転校生がいたとします。
まだストーブを見たこともないし、そのストーブが温かいということも知りません。
そのアフリカから来た転校生が、一番最初に登校してきました。
まだ教室には誰もいません。
その転校生は、寒くて震えています。
でも誰に聞くこともてできません。
幸いなことに、先生がストーブをつけておいて下さいました。
教室に入った転校生は、一人で教室の中をウロウロと歩いていました。
しばらく歩き回っているうちに、ストーブのそばに立ち止まり、その暖かいストーブのそばに立って、暖をとっていました。
少し暖かくなりましたが、窓から冷たい風が入ってくることに気づきました。
その転校生は、その窓を閉めて、ストーブのそばで暖をとっていました。
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