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無の操体

奈良操体の会のブログです。痛みなどの不快な症状は、実は体をちょこっと動かすだけで消すことができます。この一人操体法を身につけて、日常生活にとりいれると、「快」の極楽世界が待っています。

第455回公開講座 『痛みがぬける ゆるやか操体法』

■「公開講座」■
【日時】 平成30年6月17日(日)  1:00~4:00 
【会場】 奈良市中部公民館 4階 第3講座室
【講師】 北村翰男
【参加費】 500円
【主題】 直すのは“自分の動き” 治すのは“自分のからだ”
【内容】 ◇操体法の基礎を学習し、
      実際の実技を実習


■「研究会」■
【日時】 平成30年6月17日(日)  4:30~7:30
【会場】 奈良市中部公民館 4階 第3講座室
【参加費】 公開講座参加者は無料(他は500円)  
【主題】 “からださんの声”と“お医者さんの声” 
       それらの声の聴き取り方と活かし方 

【内容】 疑問や問題や話題を持ち寄り探求しましょう
 ◆疑問や質問をお持ちより下さい。
 ◆耳寄りな情報(面白かった本・文献・番組)もお持ちより下さい。
 ◆体験談(失敗・成功・難治の症例)もお持ちより下さい。


 ★ご参加下さる方々のご要望にお応えしたいと思っています。
   忌憚のない声を、ぜひお聞かせいただけると、本当にうれしいです。
 ★みんなで、みんながよりよくなれる様に、交流を深めてゆきましょう! 合掌
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■諦めていたら出会えなかった奇跡!■

今日は娘の出産予定日。
2人目の孫が生まれる予定。
妻と2人で娘宅へ行き、
妻は孫のお守りをして自宅待機。

大きなお腹の娘を乗せて病院へ。

病院の手前の交差点で信号待ち。
出勤時間帯でもあり、渋滞気味。
行き交う車は慌ただしさを満載。
突然対向車線に二羽のスズメがじゃれ合う様にして飛んできて、
対向車のフロントガラスにバサッと衝突。
一羽はすぐに飛んで逃げていったが、
一羽は路面でピクピクと痙攣して横たわっている。

その時、信号が青信号に変わり、
両方の車線の車も動き出した。
その動き出す直前に
“助けるなら、今しかない”と思ったが、
今まさに動き出さんとするその場の空気に押され、
ドアを開けて助けに行くと言う行動ができなかった。

動きだして病院に着くまで、
“助けるチャンスが、あの一瞬しかなかったのに・・・”と、
心の中で後悔が渦を巻いていた。

一つの小さないのちを見殺しにしてしまったであろう事を、
とても悔やまれた。
その気がかりは、病院で娘を降ろして、
病院を出る時も、はっきりと渦巻いていた。

病院手前の交差点を、
右折すれば自宅の道である。
直進すれば先ほどの現場であり、娘宅がある。
ふと“まだ生きてくれているかもしれない”との想いがよぎった。
すぐに“この激しい交通量で、そんなはずは無い”と否定的な想いもよぎった。

それでも“ひょっとしたら・・・”と言う思いが勝って、
直進してみた。
さっきのスズメが対向車線の真ん中で、
チョコンと立って、キョロキョロと辺りを見回している。

事故が起こらないように気遣いしながらも、
パーキングランプをつけてその場で停車した。
1台の乗用車がスズメの横を通り過ぎた。
幸いにも轢かれずに済んだ。
続いて大きなトラックが迫っていた。
そのまま進んでくると、絶対に轢かれるであろう状況。
想わず両手を広げて、トラックに停止を促した。

とっさに駆け寄り、スズメを捕まえて車に戻った。
手にスズメの温もりを感じた!

すぐ近くのガソリンスタンドに車を入れて、
スズメの無事を確認した。
骨折も傷もなく、脳震盪だったようである。
しばらく様子をうかがっていたが、
次第に元気を回復し、プチュッと糞をした。
自然に返してやった方が良いと思った。

10メートルほど先に小さな鎮守の森が見えた。
そこで“気を付けて帰るんだよ”と放鳥した。
無事に飛ぶことができ、木々の中に姿を消した。

そこで、つくづくと想ったことがある。
生きている中で“今、そこで、その人にしかできないこと”がある。
“今、ココ、この自分”が、何を、どうするか、と言うことを、
常に自分に問われているということを再確認させていただいた。

しかし現実には、できなかったと言うこともある。
私は操体法を通じて〔“気がかり”は大事な“手がかり”〕ということを学んだ。
正直言って、車にひかれて潰れたスズメを見るのはとても嫌だった。
でも“ひょっとしたら生きてくれているかもしれない”と言う気がかりが、
一瞬のことではあるが、ハンドルを現場へ向かわせた。
そこで出くわしたのが『今回の奇跡』。

本当に気がかりなら、「諦めずに確認してみること」の大切さを学んだ。
何事によらず、このような意識(心がけ)を大切にして生きたいと想った。

諦めなかったら、こんな奇跡と出会えることもあるんですね!

Q&A 操体法にもいろいろな流派があるのですか?

 操体法の提唱者である橋本敬三師が、
日常使っておられた診療室を「温古堂診療室」と言います。
 そこには毎日と言っていいほど、
全国からいろいろな見学者が訪れていました。
 橋本先生は、その見学者たちを快く受け入れておられました。

 ある時、そこで橋本先生が治療としての操体をしておられる姿を見て
“橋本式操体法は、素晴らしいですね! ”言われた方がおられました。

 すると、すかさず橋本先生は、
“天然自然の法則に、橋本式なんてものはねぇんだよ! ”と、
優しく諭されました。

 橋本先生の一言は、今も私のこころの中で生きつづけています。

 そのことが肝に銘じて入っておれば、
いろいろな流派なんてものは生じてこないのではないでしょうか?

 仮に、流派の様なものが生じたとしても、
それはそれで現場における人間の姿として受け取っておられ、
“なぜそのような言動をするのか? ”と、咎めることはされず、
“自分の考えを押し付ける”と言うような事はされませんでした。


 橋本先生は『からだの設計にミスはない』という本を出しておられますが、
人間の想いや行いにはミスはあるけれど、
私たちのからだは“自然法則のもとに設計されていてミスはない! ”
と言っておられるのでは無いでしょうか?

 そこのところが押さえられてさえいれば、
自己主張をすると言うような“分派活動”的な言動はできないのでは無いでしょうか?
 これとは逆の活動として“統合させようとする活動”も、
一見正当性があるようですが“考えを押し付ける”と言うことにおいては、
全く同類の行いであると私は観ます。

 それらのことを踏まえて、
操体法とは、「人が身につける“方法”」として理解するよりも、
元々、今生きているすべての「人の身に備え持っている“法則”」として理解し、
誰もが自由自在に活用できるようになることが
大切なのではないでしょうか?

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