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無の操体

奈良操体の会のブログです。痛みなどの不快な症状は、実は体をちょこっと動かすだけで消すことができます。この一人操体法を身につけて、日常生活にとりいれると、「快」の極楽世界が待っています。

“リハビリ”に関する提言

手首や前腕を骨折した人が、
ギブスで固定して、
三角巾で首から吊っているのを見かけることがある。

骨折が治ってギブスを外した時、
固まってしまった関節を、
痛みをこらえて無理に動かされるのかと思うと、
とてもお気の毒に思える。

骨折をし、
ギブスで固定した状態で、
操体をして欲しいと来られる方が時々ある。

ほとんどの方が、
操体法で良くなったという体験者の紹介である。



 骨折時の操体のやり方の要点を書いてみる。
◇一応、整形外科の診察と処置は受けて頂く。
◇シーネやギブスで固定してあれば、
 その固定をしたままで、
微妙に動かせるところから動かしてみる。

 ※前後、左右、上下、ねじれ、伸び縮み、
  等の動きを、見た目には動いているのか
  動いていないのか分からない様な、
  小さな小さな力で、
  小さな小さな動きで、
  そして本当にゆっくりゆっくりとした動きが大切。

 ※手足の場合は、
  ギブスの先からの動いている指先を動かしてみることが多い。

 ※実感していただきやすいようにするために、
  その出ている指先を軽く持って保持して、
  か~るく動かしていただくと、
  “快の力(作用)”であれ、
  “不快の力(作用)”であれ、
  そこを手掛かりとして伝わりやすく、
  当人にもとらえやすくなる事が多い。

◇動かしてみたことによる
微妙な“感覚の変化”を読み取り、
“不快の減る方(快方)”を見分ける。

 ※静止している時であれ、
  動かした時であれ、
  感じた症状が有る状態で、
  その症状がどのように変化するか
  実際に動いてみて見分けることが大切。
  この気にも留めていなかった当たり前のことが、
  快方を見分けるときの最も大切なポイントである。

 ※その症状を感じない範囲内で動いてみても
  その変化を感じとることができず、
  快方を見分けることはできない。

◇操体法において自力で操体をする時、
 微妙な“感覚の変化”を読み取り、
 “不快が減る様”に自らの動きを微調整して動かす。

 ※決して痛みを我慢して動かすのではない。
  からだの何処を、
  どの様に動かしてもよいわけだが、
  その動かすことによって反応する“感覚の変化”に合わせ,
  その動かす力の〔強さ・方向・伝え方〕を
  “加減の仕方”にコツが有る。

◇骨折部周辺の痛みなどにとらわれず、
 例え指先の動きであっても、
 からだ全体を使って動き、
 からだ全体の反応に合わせて、
 からだ全体を調整することが大切です。


 骨折に関して一般の整形外科では、
リハビリテーションと称して、
“正常な可動域”を念頭に置いて、
専門家の力を持って、
その“正常な可動域”に近づけようと
“痛みを我慢”して動かすことをする。

 医学的(科学的)な観方に慣れている人達は、
どうしても専門家の力で問題解決してあげるという考えになり、
固定していて動かなくなっている時いう現象にとらわれる。

 問題があれば
診てもらったり治してもらったりするということに
慣らされた患者さん達も、
専門家の力で問題解決してもらわないとと考えるようになり、
例え痛くても我慢して動かさないと“より動かなくなってしまう”と思い込んでいる。

 操体法では、
痛いところから痛くない方へ動かすことによって回復を図る。

 現状のリハビリテーションでは、
静止していて痛くないところから、
痛いのを我慢して動かし、 ・・・  (これを“無理”と言う)
回復を図ろうとする。

 大変面白いことに、
操体法により痛くない方へ動かしても、
リハビリにより痛い方へ動かしても、
動かなかったのが動くようになる。

 一見、全く逆の対応をしているにも拘わらず、
同じように回復するのには、
この両方に共通する原理が働いていることに気づく。

 例えば手首を骨折して、
ギブスで手首と肘の二関節固定をしている人をイメージしてみてください。

 レントゲン写真で
折れているところが回復している事を確認し、
ギブスを外してもらった人がいるとします。

 リハビリでは、
静止している状態では痛くありませんから、
可動域を広げようと“痛くない範囲”を超えて、
痛みを我慢しながら動かします。

 冷静に、よくよく考えてみてください。

 その患者さんの手首や肘は、
一見“痛い方”へ動かすことによって、
しだいに動くようになっているように見受けられます。

 ここに大きなトリックがありました。
外見上は、確かに“痛い方”へ動かされていますが、
中身は“痛くない方”へ動こうとしているのではありませんか?

 子どもの頃にふざけたりけんかをしたりして、
腕をねじり挙げたり、ねじり挙げられたりした時、
その人は自分の腕を“痛い方”へ動かしていたでしょうか?

 実は痛みを感じた時には、
意識せずに“痛くない方”へ逃げることをしているのです。

 つまり現状のリハビリにおいては、
外見上は“痛い方”へ動かされていますが、
中身は“痛くない方”へ動いているということです。

 ですから、
“多少痛くても、我慢してリハビリをする”のも良し、
“動かしてみて、痛くない方へ操体をする”のも良し。

 どちらでも好きな方なかったらいいのではありませんか?

 先日、骨折された患者さんが来られたが、
操体法をするようになってからは、
◇痛みを我慢しなくても良い
◇いつでも、どこでも、自分でできる
◇驚くほど早く改善した
◇他のところも楽になった
と喜んでおられる。

 もっと大切なことは、
ギブスを外してからのリハビリの方法としてだけではなく、
ギブスをはめている時から始めると、
ギブスを外した時にリハビリがいらなくなったという方が何人もおられる。

 必要な時には専門家の力を借りるのもよい。
元々自らの身に備わっている“良くはあろうとする力”に
気づくのと気づかないのでは
雲泥の差がある。

 私たち自身の心に根付いている常識を
見直してみることも大切ではないでしょうか?
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