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無の操体

奈良操体の会のブログです。痛みなどの不快な症状は、実は体をちょこっと動かすだけで消すことができます。この一人操体法を身につけて、日常生活にとりいれると、「快」の極楽世界が待っています。

イタキモチイイ ?!

■ “感覚”に従うか? “考え”に従うか? ■

A:「それで、気持ち良いですか?」
B:「ハイ! イタキモチイイです!」


 某所での、操体法の指導者講習会の一コマです。

A:「本当に気持ち良いのなら、脱力したら、もっと気持ち良くなるでしょうね!」
B(上向きに寝て、右手を水平方向の上向きに伸ばしながら)「ハイ、気持ち良いです!」

A:「一番気持ち良いところで、脱力してみて!」
B: ・・・・・(脱力)

A:「もう1回動かしてみて! さっきと、どう?」
B:「やっぱり気持ち良いです!」

A:「一番気持ち良いところで、脱力してみて!」
B: ・・・・・(脱力)

A:「じゃ、もう1回動かしてみて! まだ、気持ち良い?」
B:「エエ、痛気持ち良いです!」

A:「まだ、痛気持ち良いんだぁ!」
B:「縮んでいるところが、伸びていて、気持ち良いです!」

A:「一番気持ち良いところで、脱力してみて!」
B: ・・・・・(脱力)

A:「これで3回したよね! もう1回、動いてみて! どうなった?」
B:「気持ち良いですよ! 
ストレッチを教えてくださった先生も、このようにして、縮んでいるところを伸ばすように言われました!」

A:「あぁ、そうか! 先生の“考え”に従っているんだね?」
B:「・・・・・?」

A:「気持ち良いと考える方へ、3回動かしてみたんだから、今度はその“痛気持ち良い”感じが減る方へ動かしてみたらどうなるかな?」
B:「ココから、戻すということですか?」

A:「私に聞かないで! あなたのからだのことは、私には分からないんだから!
 あなたのからだに、あなたが動いてみて“減る方”を確かめてみて!」
B:「戻すと、(痛気持ち良いのが) 減ります・・・」

A:「じぁ、それで良いんじゃないの」
B:「・・・・・」

A:「減って、減って、減って・・・、一番減るところまで、」
B:「・・・この辺だと思いますが?」

A:「手だけではなくて、右の肩も左の肩も、首も背中も、腰もお尻も、右足も左足も、ぜ~んぶ、何ともなくて、一番落ち着くところを、微妙にからだを動かして探ってみて!」
B:「・・・この辺だと思います!」

A:「合っているか、いないかは、自分のからだが回答してくれます!」
B:「・・・・・?」
A:「“この辺だという思い”も、自分のからだに照合してみるのですよ!」
B:「・・・・・?」

A:「一番落ち着くところを見つけたら、ソコで脱力してみたら?」
B:  (・・・脱力して、一息付いて・・・)

A:「もう一度、同じくらい伸ばしてみて! どうなった?」
B:「 (痛気持ち良い感じが) 無くなりました!」

A:「あなたのストレッチの先生や、自分の考えに合わせて動いた時には、無くならなかったね!」
B:「ハイ・・・」

A:「“痛気持ち良い感じ”が、なくなるように動いたら?」
B:「何も無くなった!」

A:「自分のからだの“感覚”に合わせて動いたら?」
B:「何も無くなった!」

B:「“感覚”に合わせるか? “考え”に合わせるか?」
A:「“感覚”ですね!」

A:「自分の手に余る問題は、専門家の考えや、力を借りればよい・・・」
B:「・・・よくわかりました。ありがとうございます!」

 世の中にはお医者さんをはじめ、“先生”と言われる専門家がたくさんおられる。
どんなに偉い専門家がしてくださることであっても、「その人の、その時の、からだに合うか合わないかは、からだが教えてくれている」という認識が必要です。

 そして、仮に少しであっても「からだが、ソレ合わないよ!」と教えてくれたら、見直す必要があります。

 操体法の提唱者である橋本敬三師は、≪原始感覚は、意欲と追及の仕方により、向上または衰退する可能性がある≫と言っておられます。

 からだを動かしてみることによって、このことを体感し、この経験を積むことによって≪自らのからだに“信ずるに値するもの”がある≫ことの確信を得たいものである。

 それこそが、生きるうえで最も大切な“自信”なのではないでしょうか?
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テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

コメント

こんにちは

北村先生

こんにちは、また覗いてみました
この記事はよく操体法していて出会す事柄です

操法する側の考えは受け手の体の感覚に気付いて手助けする事が大切なのでしょうね

つまり受け手の感覚が第一と云う事でしょうか

ただ、橋本先生の仰ってた原始感覚の追求でその仕方によっては向上または衰退とありますが克服するには自らの体を動かしてみて勉強しなさいと云う事でしょうか。

  • 2008/03/09(日) 10:52:30 |
  • URL |
  • ケン外人 #30oPJyPA
  • [ 編集 ]

そうだと思います!

 生きるって事、全てに通じることではないでしょうか?

 自らの“いのちとの関わり方”全てに、「操体法」が活かされたら、ひょっとすればこの世に“病気”は現われ得ないのかも知れませんね!
 病気だけではなく、戦争も亡くなるのではないでしょうか!

 在るがままの寿命を、在るがままに受け入れて、今を存分に快く生きること。
そんな【操体三昧】の生き方ができたらなぁ、と我が身で実験追試中です。
 患者さんにも、ご協力いただきながら・・・。 ありがとうございます。

 そうは言うものの、私は未熟者ですので、右に行ったり、左に行ったり、真っ直ぐな人生でなくても良いと思っています。

 迷ったり、時には失敗だって、あって当たり前。
わたしなんか、不義理も、失敗も、一杯しています。

 100点満点を目指したい人は、あまり無理をしないで目指すのも良し。
ただ気をつけて頂きたいのは、周りの人を巻き込まないこと。これが意外と迷惑な事があるから・・・

 「60点で良いよ! 生き方の落第点でなければね!」と、橋本敬三先生も仰っていた。

 『からだの設計にミスはない』(橋本敬三著)。
からだにミスは無いけれど、人間の生き方にはミスがある。

 でも、そのミスにも必然性があるとしたら人間は、そのミスがもっと大きくならないと気付きにくいのかも知れません。

 “生き方の折り返し点”には充分達しているけれど、その折返すエネルギーは未だ「個々の中に潜在」している。

 何時、どうなると、そのエネルギーが発揮されるのだろうか? 

 その問題も、人の手で解決するのではありません。
やっぱり、一人の一人の生き方にかかっています。
自分自身の生き方にかかっています。

 一人一人が、在るがままの自分を素直に出し合える場で、お互いに学び合えるようにしましょう!

 これから、ご一緒に楽しみましょうね。  合掌

  • 2008/03/09(日) 23:28:21 |
  • URL |
  • 北村翰男 #-
  • [ 編集 ]

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